ツインタワーの蜃気楼
ふたつめは世界貿易センタービル・ツインタワーのこと。
ニューヨークに滞在するときには、ブルックリンで育ったヘンリー・ミラーの文庫本「南回帰線」を読もうと決めていた。そして、私にとってはワシントン・スクエアがもっとも好きな場所だったので、ベンチに座ってハンバーガーを食べ、さまざまな人種の色彩や話し声を感じたり、テーブルのチェス盤でゲームする人々を観察したり、さらに晴れや曇りの風景の中に溶け込む時間を楽しみながら過ごしていた。しかし、ベンチに座って「南回帰線」を読むはずだったのに、3ヶ月以上たっても最終的に数ページしか読むことはできなかった。
ワシントン・スクエアの裏面から外に出て、すぐ左手のニューヨーク大学を眺めながら、さらにまっすぐ先を見据えると、世界貿易センタービル・ツインタワーが蜃気楼のようにそびえ建っていた。
一回だけウォール街まで出かけたが、びしっとスーツを着た男女の歩く速度がかなり速く、きびきび動く姿を見ると、私はどうもしっくりしない雰囲気に陥り、その後ツインタワーを「蜃気楼」として遠くから眺めるように見ていた。
ブルックリンで暮らしていた期間では、友達・小畑さんとアパートをシェアしてもらったおかげで3ヶ月以上も暮すことができた。1ドル=250円だからホテルに泊まったら、おそらく2週間程度しか滞在できなかったはず。京都出身・小畑さんは、京都教育大学卒業後、ニューヨークのSchool of Visual Arts大学で学んでいた。
http://www.schoolofvisualarts.edu
私が日本に戻ってからも友達として、さらに仕事をシェアしながらパートナーとして活躍、その後、東京出身・真弓さんのパワーを頂きながら楽しい仕事を勤しんでいた。
http://www.elittlefield.com/
http://www.elittlefield.com/japanese/read/team.html
そして、2001年9月11日「蜃気楼」は突然一瞬に消えてしまった。
私は夜のテレビを何気なく観ていたとき、飛行機がツインタワーに墜落したらしい映像ライブを観てしまった。正確に思い出すと、夜9時50分ごろに1機目、18分後に2機目が突入し、11時39分ごろにはツインタワー双方が崩壊してしまった。
ニューヨークのパートナー二人が心配になり、通じるかどうかは分からなかったが、国際電話で連絡してみた。日本とニューヨークの時差は14時間なので、小畑さんは朝7時50分にはアッパー・イーストのマンションにまだいたので、よかったと安堵。そして、真弓さんはグリニッジ・ヴィレッジに住んでおり、ツインタワーまで程近い場所なので心配していたが、後日談では、屋上から2機目の突入からツインタワー崩壊までつぶさに観察したことを話してくれた・・・しかし、この日記ではこれ以上書きたくないので、しばらく黙祷。
・・・・・・・・・・・・・・・・
貴重な3ヶ月間のニューヨークの旅と、その後、悲しい知らせも舞い込んできたりしたが、現在の生活をもう一度考えると、私にとっての「人生」はやはり『旅』なのかもしれない、そう考えている。
安住だけでは私にとって窮屈だし、普通に生活していても旅人のふしもあるようで、つぶさに見つめ直しながら「つれづれなるままに」認めようと思っている。
そして、今後私が撮った写真と文章をアップロードし、「つれづれ写真日記」紹介する予定なので、もし興味がおありなら、ぜひ閲覧頂ければ幸だ。
ニューヨークに滞在するときには、ブルックリンで育ったヘンリー・ミラーの文庫本「南回帰線」を読もうと決めていた。そして、私にとってはワシントン・スクエアがもっとも好きな場所だったので、ベンチに座ってハンバーガーを食べ、さまざまな人種の色彩や話し声を感じたり、テーブルのチェス盤でゲームする人々を観察したり、さらに晴れや曇りの風景の中に溶け込む時間を楽しみながら過ごしていた。しかし、ベンチに座って「南回帰線」を読むはずだったのに、3ヶ月以上たっても最終的に数ページしか読むことはできなかった。
ワシントン・スクエアの裏面から外に出て、すぐ左手のニューヨーク大学を眺めながら、さらにまっすぐ先を見据えると、世界貿易センタービル・ツインタワーが蜃気楼のようにそびえ建っていた。
一回だけウォール街まで出かけたが、びしっとスーツを着た男女の歩く速度がかなり速く、きびきび動く姿を見ると、私はどうもしっくりしない雰囲気に陥り、その後ツインタワーを「蜃気楼」として遠くから眺めるように見ていた。
ブルックリンで暮らしていた期間では、友達・小畑さんとアパートをシェアしてもらったおかげで3ヶ月以上も暮すことができた。1ドル=250円だからホテルに泊まったら、おそらく2週間程度しか滞在できなかったはず。京都出身・小畑さんは、京都教育大学卒業後、ニューヨークのSchool of Visual Arts大学で学んでいた。
http://www.schoolofvisualarts.edu
私が日本に戻ってからも友達として、さらに仕事をシェアしながらパートナーとして活躍、その後、東京出身・真弓さんのパワーを頂きながら楽しい仕事を勤しんでいた。
http://www.elittlefield.com/
http://www.elittlefield.com/japanese/read/team.html
そして、2001年9月11日「蜃気楼」は突然一瞬に消えてしまった。
私は夜のテレビを何気なく観ていたとき、飛行機がツインタワーに墜落したらしい映像ライブを観てしまった。正確に思い出すと、夜9時50分ごろに1機目、18分後に2機目が突入し、11時39分ごろにはツインタワー双方が崩壊してしまった。
ニューヨークのパートナー二人が心配になり、通じるかどうかは分からなかったが、国際電話で連絡してみた。日本とニューヨークの時差は14時間なので、小畑さんは朝7時50分にはアッパー・イーストのマンションにまだいたので、よかったと安堵。そして、真弓さんはグリニッジ・ヴィレッジに住んでおり、ツインタワーまで程近い場所なので心配していたが、後日談では、屋上から2機目の突入からツインタワー崩壊までつぶさに観察したことを話してくれた・・・しかし、この日記ではこれ以上書きたくないので、しばらく黙祷。
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貴重な3ヶ月間のニューヨークの旅と、その後、悲しい知らせも舞い込んできたりしたが、現在の生活をもう一度考えると、私にとっての「人生」はやはり『旅』なのかもしれない、そう考えている。
安住だけでは私にとって窮屈だし、普通に生活していても旅人のふしもあるようで、つぶさに見つめ直しながら「つれづれなるままに」認めようと思っている。
そして、今後私が撮った写真と文章をアップロードし、「つれづれ写真日記」紹介する予定なので、もし興味がおありなら、ぜひ閲覧頂ければ幸だ。